過去のセミナー

<10/2020>
10月30日(金)
兎子尾 理貴 (京都大学大学院理学研究科)
結晶中で創発する電子系の流体力学 と 空間反転対称性の破れ


 近年、graphene, PdCoO$_2$, WP$_2$等を代表とする、様々な高伝導金属・半導体において、「流体力学領域(hydrodynamic regime)」と呼ばれる、新しいクラスの非平衡領域が実現していることが明らかになってきた[1-3]。この領域では、不純物・フォノン散乱などの運動量緩和散乱が強く抑制された結果、電子-電子散乱が最も支配的な散乱プロセスとなり、電子系のダイナミクスは流体力学理論によって有効的に記述されると期待されている。そして近年、そのような兆候がメゾ系での「負の非局所抵抗・磁気抵抗」[3,4]や電荷中性点近傍のgrapheneでの「Wiedemann-Franz 則の破れ」[5]などを通して実験的に確認され、多くの関心を集め始めている。特に、近年実現したNoncentrosymmetricな電子流体物質(bilayer-graphene, WP$_2$等)は空間反転対称の破れがもたらす有限のBerry 曲率に伴って、これまでにない異常な流体力学的応答を実現すると期待されるため、これら結晶対称性や幾何学的性質の効果を流体力学と統合することは今日、極めて重要な課題となっている。

 そこで、本研究[6] では空間反転対称が破れた金属における流体力学理論を定式化し、空間反転対称性の破れ・Berry曲率がもたらす非従来的な流体力学的輸送応答を明らかにした。この拡張された流体力学理論では、ミクロなBloch波動関数が示す幾何学的効果が流体スケールにおいて付加的な駆動力として記述され、電子流体に特殊なflow(異常エッジ電流、非対称性Poiseuille flowなど)を引き起こす。特に興味深いのは、これらの系においてカイラル渦効果(渦誘起の異常電流)を結晶系に一般化した新奇な異常輸送現象(Generalized vortical effect: GVE)が発現する点であり、これは「空間反転対称が破れた系における電子流体」と「真空中のカイラル流体」との間にある種のアナロジーが成り立っていることを示している。本発表では、近年の電子流体の研究を概観した上で、結晶対称性がもたらす電子流体の新たな可能性を提案したい。

[1] P. J. W. Moll, et al., Science 351, 1061 (2016).

[2] R. K. Kumar, et al., Nat. Phys. 13, 1182 (2017).

[3] J. Gooth, et al., Nat. Comm. 9, 4093 (2018).

[4] P. S. Alekseev, Phys. Rev. Lett. 117, 166601 (2016).

[5] J. Crossno, et al., Science. 351, 6277 (2016).

[6] R. Toshio, K. Takasan and N. Kawakami, Phys. Rev. Research 2, 032021(R).


<7/2020>
7月13日(月)
山田 昌彦 (大阪大学大学院基礎工学研究科)
α-ZrCl$_3$における創発SU(4)対称性


SU(2)からSU(N)対称性へのスピン空間の拡張は非自明な量子スピン液体を見つけるのに有効であるが、磁性体においてSU(N)対称性を実現するのは容易ではない。そこで我々はスピン軌道相互作用の強い極限においてSU(4)対称性が創発する新たなメカニズムを提案する。正八面体型配位中の$d^1$遷移金属化合物では、スピン軌道相互作用からボンド依存したSU(4)対称性を破る相互作用を与えるが、ハニカム格子中ではゲージ変換によって模型をSU(4)対象なハバード模型にマップすることができる。α-ZrCl$_3$のような強相関系においてはモット絶縁体の極限においてハニカム格子上のSU(4)ハイゼンベルク模型を実現し、量子スピン軌道液体状態を実現する可能性がある。この模型を三次元へと拡張することで、我々は他の様々な量子スピン軌道液体の実現可能性についても議論する。


<6/2020>
6月26日(金), 13:00-
柴田 直幸(東京大学大学院理学系研究科)
Onsager’s scars in disordered spin chains


熱平衡化はマクロな系で普遍的に見られる現象であると長い間信じられてきた。ところが、近年、異様な長時間のあいだ熱平衡化しない量子多体系が実験的に発見[1]されたことを契機として、熱平衡化が著しく遅い、あるいは全く起こらない「量子多体傷跡状態(quantum many-body scar states, QMBS states)」と呼ばれる不思議な状態についての理論的研究が盛んに行われるようになった。この例外的な状態を理解することは、熱平衡化の機構をより深く解明するために重要であるが、一般的な構成手法を含めた全容はいまだ謎に包まれている。また、これまで提案されてきたQMBSの模型は並進対称性を仮定したものが主流であったが、この特別な空間構造が傷跡状態の存在のために本質的に重要なのかも明らかではなかった。

我々は、Onsager代数と呼ばれる数理的構造を用いて、従来提案されてきたものとは異なる新しい機構で量子多体傷跡状態が生じる量子スピン模型を構成した[2]。この模型の持つ傷跡状態は厳密に書き下すことができ、熱平衡化せずに完璧な周期的振動を繰り返すことが分かる。また、我々の模型は並進対称性を有しないものでもよく、そのようなある種の乱れに対しても安定な傷跡状態を陽に構成したのは本研究が初めてである。加えて、スピン量子数を任意の整数もしくは半奇整数にとることができたり、より多くの傷跡状態が現れるようにできたりなど、極めて柔軟に一般化できるという点も従来提案された模型にはない特長である。

[1] H. Bernien, S. Schwartz, A. Keesling, H. Levine, A. Omran, H. Pichler, S. Choi, A. S. Zibrov, M. Endres, M. Greiner, V. Vuletić, and M. D. Lukin, Nature 551, 579 (2017).

[2] N. Shibata, N. Yoshioka, and H. Katsura, Phys. Rev. Lett. 124, 180604 (2020).


<5/2020>
5月26日(火), 14:00-
川畑 幸平(東京大学大学院理学系研究科)
Symmetry and Topology in Non-Hermitian Physics


The past decades have witnessed a number of rich properties of non-Hermitian systems that have no counterparts in Hermitian systems. Here, we develop a general theory of symmetry and topology in non-Hermitian physics. We demonstrate that non-Hermiticity ramifies and unifies the celebrated 10-fold Altland-Zirnbauer symmetry for insulator and superconductors, leading to 38-fold symmetry. This 38-fold symmetry describes non-Hermitian topological phases, as well as non-Hermitian random matrices and Anderson localization. Moreover, we reveal that two types of energy gaps are relevant for non-Hermitian systems because of complex-valued nature of energy spectra, both of which constitute non-Hermitian topology. On the basis of these fundamental insights in non-Hermitian physics, we completely classify topological phases of non-Hermitian insulators and superconductors, as well as semimetals that support exceptional points. We also elucidate bulk-boundary correspondence in non-Hermitian systems and identify the origin of the skin effect as intrinsic non-Hermitian topology.

[1] K. Kawabata, K. Shiozaki, M. Ueda, and M. Sato, Phys. Rev. X 9, 041015 (2019).

[2] K. Kawabata, T. Bessho, and M. Sato, Phys. Rev. Lett. 123, 066405 (2019).

[3] N. Okuma, K. Kawabata, K. Shiozaki, and M. Sato, Phys. Rev. Lett. 124, 086801 (2020).


<4/2020>
4月17日(金), 15:00-
奥村 駿 (東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻)
Chiral magnetism and related transport phenomera in noncentrosymmetric metals


近年、空間反転対称性を破る系において、カイラルな磁気秩序が発現することが知られており、その特異な磁気テクスチャと多様な輸送現象から注目を集めている。カイラル磁性は、一次元的な螺旋磁性を代表として、磁気ソリトン、磁気スキルミオン、磁気モノポールといったトポロジカルな準粒子を示すものも存在する。これらを含む磁気秩序はトポロジカルに保護されており種々の摂動に強いという性質を持っているため、不揮発性磁気メモリや量子計算への応用が考えられている。これらのカイラル磁性を示す物質は金属的なものが多いとされる反面、理論的には局在スピン模型を用いた解析がほどんどで、遍歴電子の効果をあらわに取り入れた研究はあまりなされていない。

我々は、遍歴電子と局在スピンが結合した近藤格子模型を考え、これを数値的に取り扱うことによってカイラル磁性体中の電子状態や電気伝導に関連した研究を行ってきた。一次元的なカイラルソリトン格子において遍歴電子の効果を考えることによって、実験的に観測されている負の非線形磁気抵抗や磁気周期のロックインの起源を明らかにした。また、同様に一次元的な螺旋磁性において、薄膜とバルクのそれぞれに特徴的な非相反電気伝導が現れることを見出した。さらに、三次元的なカイラル磁気構造をもつ磁気モノポール格子が、伝導電子に由来する長距離相互作用によって安定化することを示し、磁場下においてモノポール・反モノポールの対消滅によるトポロジカル相転移が起きることも明らかにした。


<1/2020>
1月29日(水), 13:30-
永井 佑紀 (原研)
超高速BdGシミュレーション


超伝導状態を記述するための基礎方程式としてBogoliubov-de Gennes(BdG)方程式がある。この方程式を解くことで、準粒子励起などの情報を得ることができる。磁束が存在している場合には、系は空間的に非一様となるため、実空間においてこの方程式を解かなければならない。さらに、BdG方程式は平均場方程式であるために、自己無撞着な平均場を得るために繰り返し解く必要がある。しかしながら、BdG方程式はシュレーディンガー方程式と類似の固有値方程式であり、解くべき行列のサイズ\(N\)に対して\(\mathcal{O}(N^3)\)の計算コストがかかることが知られている。行列のサイズは扱う格子点のサイズに比例しているため、大きな系の計算をすることはこれまで困難であった。近年、この問題を回避するために、チェビシェフ多項式展開法[1]や縮約シフト共役勾配法[2]など様々な手法が開発されている[1,2]。これらの手法では、ハミルトニアン行列が疎であることを利用し、疎行列ベクトル積の繰り返し計算を行う。そして、その計算コストは\(\mathcal{O}(N^2)\)である。
本講演では、計算コストが\(\mathcal{O}(N)\)である超高速手法を開発したことを報告する。例えば、\(1008 \times 1008\)二次元正方格子s波超伝導体にベクトルポテンシャルを印加し、ランダム位相を初期値とした場合、1008MPI並列で1ループ約11分で計算できる。また、局所的な物理量であれば計算量はシステムサイズに依存しない。
また、最近、この手法を利用して、2次元ペンローズタイリング強束縛模型のs波超伝導磁束状態の自己無撞着計算を行ったところ、磁束の位置に依存してゼロエネルギーに近い束縛状態が現れることがわかった。

[1] YN et al., J. Phys. Soc. Jpn. 81 024710 (2012)      
[2] YN et al., J. Phys. Soc. Jpn. 86, 014708 (2017)