研究紹介

0.凝縮系物理学とは

本研究室は2014年4月に創設され、凝縮系物理学(物性物理学)の理論研究を行っています。 凝縮系物理学は、電子や原子、分子といったミクロな要素がマクロな数だけ集合し、相互作用し、絡み合うことによって、はじめて現れる多様な量子現象の成り立ちを解明することを目的とします。マクロな数の要素が織りなす現象の多くは、個々の要素を支配する法則を理解しただけでは説明することができず、要素還元論は無力です。多体問題のこのような側面をノーベル賞物理学者のPhil Andersonは"More is different"という言葉で形容しました。要素の数が増せば、質的に新しいことが起こり得ます。この意味で凝縮系物理学は、今日でも"奇妙"で魅力的な新現象の宝庫となっています。 我々の行っている研究は凝縮系物理学の中でも、主に固体中の電子が織りなす多彩な現象をターゲットとしています。 最近、取り組んでいる研究テーマの例を以下に挙げます。

これらのテーマの一部について、以下、簡単に説明します。

 

1.強相関電子系における"奇妙な超伝導"とは

超伝導現象とは、金属において電気抵抗が0になってエネルギーロスなく電流が流れ続ける物理現象です。超伝導現象が発見されて、既に100年以上経ちますが、過去20~30年の間に、従来の超伝導理論では理解できない新奇な性質を持つ超伝導体が次々と発見され、これらは"unconventional superconductors"(奇妙な超伝導体)と呼ばれるようになりました。 超伝導は2つの電子が対(ペア)を組み、その電子対が量子凝縮して起こります。それゆえ、2つの電子を、反発するクーロン斥力に打ち勝って結びつける引力が必要です。 通常の超伝導体では、結晶格子の振動が引力を生み出していて、クーロン斥力が強い物質では超伝導が起こりにくくなります。 ところが、"奇妙な超伝導体"では、むしろクーロン斥力が強いものほど、超伝導が起こる転移温度が高いという奇妙な性質が見いだされています。

これらの系では従来のバンド理論では正しく記述できないほど非常に強いクーロン斥力が電子間に働いています。 このように電子間クーロン斥力が特に強い系のことを「強相関系」と呼びます。さらにまた、通常の超伝導は強い磁場で壊れますが、これとは対照的に"奇妙な超伝導体"はむしろ磁性相の近くに発見されています。右に磁気相の近くに発現する超伝導の相図を概念的に示します。 たとえば、現在知られている最も高い超伝導転移温度を示す物質である銅酸化物高温超伝導体も、強相関系で実現する"奇妙な超伝導"の典型例です。

 強磁性超伝導体UCoGeの結晶構造と電子対の概念図
 ・ホ色の矢印は電子スピンを表す

実は、多くの"奇妙な超伝導体"では、この強いクーロン斥力そのものが逆に電子を結びつける引力を生み出していることが過去十数年の研究で明らかになってきました。

たとえば、UCoGeという化合物は、強磁性(つまり磁石)を示すと同時に、超伝導にもなる特異な物質です。 この物質では、磁石になりたがる性質("スピンゆらぎ"と呼ばれます)そのものが、超伝導を生み出していることが我々の研究によって明らかになりました。また、この物質では、同じ電子が、同時に磁石としての性質を示しながら、電子対を組んで超伝導になっています。右にUCoGeの結晶構造と電子対の概念図を示します。 この例に見られるように、我々はバンド理論では記述できない強相関効果が生み出す、新しい超伝導現象を理論的に探索しています。

 

2.トポロジカル絶縁体・超伝導体とは

トポロジカル絶縁体・超伝導体とは、その量子力学的な状態空間が、「メビウスの輪」のようにトポロジカルに非自明な構造を有し、そのために従来の固体電子物性の範疇を越えた新しい物理現象を生み出す物質群のことです。

たとえば、スピン軌道相互作用の強いある種のバンド絶縁体では、右図のように電子スピンの配置が運動量空間でねじれた構造を持ち、トポロジカル・バンド絶縁体となります。 (右図で"猫"は電子スピン等の内部自由度を模式的に表しています) このような系はバンド絶縁体なので物質内部では電気を流さないのですが、資料の表面に金属状態が現れ、しかもそれが、通常の金属とは異なり、ディラック粒子という相対論的量子力学に従う振る舞いを示します。

さらにこの表面ディラック粒子は、不純物散乱に対して安定に存在することができ、なおかつスピン流を運ぶという特徴があります。それゆえスピントロニクスへの応用も期待されています。 また、トポロジカル絶縁体では、通常の電磁気学では記述できないAxion電磁気現象が発現することが知られています。

このようなトポロジカルな量子状態は、超伝導や超流動状態でも実現し、トポロジカル超伝導体・超流動体と呼ばれています。 トポロジカル超伝導体では試料表面に現れる低エネルギー粒子が前述のディラック粒子ではなく、マヨラナ粒子になります。 マヨラナ粒子とは素粒子物理学で予言されている粒子で、反粒子(反物質)と粒子(物質)が同一であるという際立った性質を持ちます。 さらに、トポロジカル超伝導体におけるマヨラナ粒子は、ボゾンでもフェルミオンでもない、新しい量子統計に従う奇妙な粒子であることが知られています。 また、その性質を利用して、これを量子計算に応用することが提案されており、世界中で活発に研究が行われています。

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